最後の更新から2年近くが経ってしまいましたね........
元々よりTwitter Long Ver.として使っていたブログなので、そりゃ手軽に更新することができないのは当然なんですが......
2023年は一体どこに行ったんだってばよ............
今回は珍しくも主題と動機がはっきりしていて繋がっている記事になりそうではあるんですが、前哨戦。去年のことを振り返ってみますかね。
2023年
コロちゃんによる隔離生活も次第に解放へと向かっていき、人とのつながり、温もりを感じられる機会に恵まれ始めた良い一年でしたね。
相変わらずの激務で、仕事まみれ肉体疲労精神疲労まみれの一年ではあったけども。
何よりも良かったのは、マスクを外して素顔で子ども・職員と向き合えたこと。
マスク・リモートに慣れすぎてたけど、改めて当たり前に対面でかかわっていた生活に戻ってみると、気持ちの読み取り方とか伝え方とか、圧倒的に楽になったよね。
気持ちを言葉に起こすこともめっちゃ大事なことだけど、やっぱり言葉だけでは伝わらないというか。
仕事の方はさらに、2年目である同期2人とでユニットを担当するという試練に、
一人が序盤でリタイアしてしまうという試練に。
かつての記事でも書かせてもらった、本当に素敵で能力の高い同期6人。
不安半分と頼もしさ半分とから始まった2年目は、この最高の6人が早速減ってしまった哀しさと、増えてしまった責任との闘いに変動していきました。
それでも、部署の大きな先輩方と相方でいてくれた1人の同期のおかげで走りきることができました。至らないところたっぷりだったと思うけどね。
久々に過去の記事を読み返してたら「報連相が下手くそ!」とか言ってて。
いや、今もやん。成長しとらんやん。なんなら2024年になっても........とか思って。
こんなクソ真面目卑屈人間と仕事こなしてくれる皆さんに感謝しかありません。
そして一方、歴史の厚い法人なので、忌まわしき”法人飲み会”の洗礼もしっかり受けて。
いや、幼少期はアイドルになりたかったよ?可愛い方の。でもそれ”幼少期”だから。今キャピ×2女子になるのはハードすぎるというかさ.........
センターアイドル、野太い声で熱唱したらしいよ。
でも同期の化粧が上手だったので、本番はちょっぴり楽しかったかも。
私がしまこんに入ってなかったらコレで仕事辞めてたと思うんだよね。
パフォーマンスへの抵抗感DOWN、歌スキルUP、ステージの心得......バフを色々と授かったが故に楽しむ余裕があったと本気で思う。
本当に、しまこんとの出会いは私にとって最強の御縁だったのかも。
ただ、哀しいかな。これが私の”職場で歌を発揮する”の最初の一歩でした......。
でもね!この先がとっても良くって!
子どもと一緒に、地域のカラオケ大会に応募したら!なんか本選通って!!
参加者のレベル高すぎて私が入賞とか口にするのもおこがましすぎたんだけど、ソロパートも経験なかった私が、ソロで歌を届ける初めてのチャンスをもらいました。
流石に、今までにないくらい緊張した。北海道での全国大会よりも。
あんなに足が震えてたのは中学校時代、楽しめていなかった合唱コンクール以来かも。
自分の粗までそのまんま耳に届いてしまう。その恐怖ったら。
でも、逆に言えば自分の感性に任せて色付けしたものもそのまま耳に届けられる。それが本当に楽しかった。優越感みたいな言語化の難しい感覚で。
舞台裏での他参加者との励ましあいとか、褒めあいとか。それもまた、解放された生活でこそ得られる温かなものだったなあ。
他のユニットの子どもたちにも応援してもらって。”ゲームに詳しい、よく怒る先生”から”ゲームと歌が上手い、ちょっと恐い先生”くらいにはレベルアップできたような気がします。
自分の持ってるものをうまく発揮できたというか。ただでさえ自己卑下の激しい私なので、こういう事はめっちゃ大事で。疲れの蓄積が深刻だった冬を超えられた大きな要因でした。
仕事以外のと~っても大きな出来事!!!
念願のゲーミングPC購入!!!!!!!!
「車とPC買いたい」と言いながらあまりにもお金を使わずに生きている私を見かねて、先輩とじゃんけんで買うことを決めたとかいう羽振りの良さ。なぜそんな突拍子もないことができるのに今まで散財していなかったのか......私の本質はどっちや......
諸々込みで約30万!人生初の高額買い物はとんでもない額でスタートしたわけです。
車を買うときに更新されるのは間違いないんだろうけど、それを上回る買い物は今後生涯においてするのかなぁ......?
あんまりオープンにするべきじゃないのかもだけど、執筆時点で(奨学金全額返済後でも)六百に、一度も手を出していないこれまでのお年玉を加えたくらいは貯めています。しようと思えば大きな買い物は今でもできるけど、物欲が無いのでねぇ......それに、その先の生活に余裕がなくなるのも嫌だし.........
人間という生き物に絶望ばかり抱いていて、消極的希死念慮を持っているくせに、長生きの安定のことは考えちゃうんだよな。
不思議だよね。さっそく不本意にタイトル回収しちゃったわ。
いつ死んでもどーでもいいって本気で思っているなら、今パパ―っとお金使っちゃって全力で楽しんだら良いのに、論理的に考えたら思えるんだけどさ。行動はそういかないのよね。
そこが”消極的”たる所以。死ぬとしてもなんか急に不運で死にたいのよね。
もう自殺までは考えられない。それほどにはこれまでの出会いに救われちゃった。
そんなことはいいんだよ!
サックサク、スラッスラのゲームが楽しすぎて!!
例外的にSF6だけは毎日のめり込んでプレイしちゃっていました。おかげで3か月でCマノンマスター到達.....寝坊すれすれで本当に身体に悪いことしてたけど、充実感は凄かったね。
他のゲームは仕事とのバランスを(これでも一応)考えているから、中々上達しないもどかしさと闘っているところ。
チルな一人用ゲームはあんまりハマらないのよね。
やっぱりゲームは誰かとしてこそ面白い!!
大学時代の例の事件、早く頭から振り切るためにゲームグループを抜けてしまった私に、再びゲームのつながりを、しかも新しい出会いいっぱいでもたらしてくれて。
既に30万円以上の収穫は得られたと感じています。
最後に、忘れようとも忘れられない。祖母との別れ。
これはまた、別件として書き起こそうと思います。語りたいことが多すぎる。
今でも頭に浮かべると泣いちゃうから。こんな出勤4時間前の時にはしないで、時間にゆとりのある時に向き合おう。
総じたら、成長と出会いの多かった、素敵な一年だったなぁ。
こんな私に関わってくださった方、改めてありがとう。縁を今年もつなぎ続けてくれた人もありがとう。
さて!2024年に戻りましょう!
ブログちょこちょこ更新させたいから、年間の振り返りは今度改めてしますね。どうせ詐欺になるんだろうけど。
ここまでで2900文字近く。読むのも疲れたでしょう。
本題に入ろうとしていますが、明日が早いのでいったん日を改めます。
忘れないように、本題のスタートだけ書いておこうか。
滅多にない、心から好きだと想える人。
その人が結婚しました。
さようなら、今日の私。おやすみ。
やぁ!おはよ!2日経ったぞ!
この2日の間に、この本題について大学の頼もしい同期に長々と語らせてもらったおかげで、結構頭スッキリしちゃったんだけどさ(笑)
まぁ、色々書きながら、また反芻しようかな。
自分語りのブログを今でも更新できるくらいだし、大学でも職場でも自己開示に何の躊躇いもない私なので。多少赤裸々に話していこうかなとは思います。
暇な方、この先の爆弾処理にもどうぞお付き合いくださいませ。
特別なキッカケがあるわけではなく、一目惚れのような唐突なものでもなく。
言動が素敵だなぁと思っているうちに、仲良くなりたいという気持ちの強さに気づいて。
そこは、今までの私の数少ない恋どおりと言いますか。
ただ、誰にも相談しない、打ち明けもしないうちに、
お休みが一緒になる日に気づいた時は、その方へ予定があるか聞いてみたり、
直接的な質問を避けながらも想い人の有無に探りを入れてみたり、
叶いはしなかったけど、一度お誘いもしてみたり、
今までの私では考えられないこと、積極的にトライしてて。
そんな矢先に、本人じゃないところから「結婚された」と確実な情報を握ってしまい.....
好きだと気付いたのも最近で、二人きりで何かしたこともまだなかったし、状況として語れることはこの程度。
(どう好きかだとか、どんな会話でときめいたかとか、そんなことはここで語りません。私は違うんだ。)
微々たるものだろうけど、柄にもなくアタックすることもできてたから、後悔もない。
そうなんだけどね。
なぜか、この辛さが処理しきれないのよ。
恋愛と性は、私を常々、悩ませ、苦しませ、追い込ませるテーマ。
自分でも自分の抱く価値観や感性が明確に掴めないから、
掴むためには誰かとその関係を持ってみてハッキリさせるしかない。
こんなゴミみたいな私と関係を持たせる...?傷つけるし汚点になるだけじゃんね。
止まらない自己卑下、他人第一主義の人格では、真っ先にこの考えになっちゃう。
だから内心と向き合い、ひたすら向き合い、自分なりに一番だと思う答えを並べてみるしかない。
でも、正解が分からないから、かつての自分の発言や思考に矛盾を感じることが多々。
一例を挙げるなら、
かつては自分のことを「無性愛者」マイノリティの一人だと思っていた。けど、最近は「男性自認の異性愛者、なんだけど知人を性的に見ることや異性としての想いを打ち明けることへの抵抗感・拒否感が強すぎるだけの人」なんじゃないかなって感じてきていて。
とはいえ、好きだという想いを隠しているんじゃなくって、異性として好きだと感じる人は本当に滅多にできない。それは間違いでもなくって。
じゃあ、その滅多にない「好き」との出会いは一体何なんだ?って。
求めてるものが高すぎるのか?でもその要求基準だって何一つ明確にできていないぞ?って。
自分の恋愛感情のこともわかんないことだらけだし。
もう一つの大きな悩みは、自身のこれまでの経験と時の流れとの絡みによって。
私から好きになった場合は、全て不遇な道を辿っていて。
誰だ”私からじゃない場合も不運だった”とか今思った奴は。
小学校時代の、初恋と言える初恋は、噂話の拡散で気まずく疎遠に。
高校時代、一人目は相手からのOKも貰えたけど、全然恋人らしいこともできず嫌な思いだけ与えて解消。
二人目も、常に彼氏ができるから私が入る余地は無く。
その二人目よ。ある界隈ではよくご存知であろう二人目の話。
先に述べた価値観もあり、加えて独占欲もないから、当時の私は
「彼氏として支えられることは彼氏にやってもらおう。私は一番の男友達を目指して、変わらずその人のそばに居られたら良いかな。」という役回りに徹しようと、心に無理やり言い聞かせて納得させて。
放課後ふたりで長時間駄弁ったり、駅までの短い道を一緒に帰ったり。帰った後もずーっとメールを交わして。
そんな中で新しい彼氏ができたと知った時はこっそり泣いて。泣きながら電子上で祝福を伝えて相談に乗って。
そんな器じゃないとわかっていながらも、やっぱり”友達”だと悔しいんじゃんかって。
そんな矛盾を抱えたまんま、自己催眠を続けた結果。
”プロママ”大学時代へと突入。
大学時代は特に、”みんなのお母さん”として頼ってもらって、構ってもらって、居心地の良い独り身を謳歌しました。
でも、ただの独り身じゃなくって、完全な自己催眠にかけられた独り身で。
大学時代は、学部にもしまこんにもゲームの繋がりでも、素敵な人に囲まれていた。
その誰にも、異性としてときめくことはなかった。気の合う人とか、特に居心地の良さを感じる人くらいはいたけど、突き動かされるものはなかった。
自己催眠が上手くいった一番の要因は、焦りの無さだと思っています。
今は恋人がいたって卒業時の迷いとか、相手の進路を狭めることとかにつながるよね。
どうせ大学生活中に結婚まではしないんだし、今は広く人間関係を築こう。
そして、私には”二人目”である あの人が地元にいるんだから。
そう思い大学生活を続けているうちに、その人との連絡も疎遠になりつつ...
そりゃそうだよね。彼氏優先が当然だよね。
.........大人になって仕事まで始まったら、友達関係はそうやって希薄になる一方じゃね?
だったら、現状の友人関係で満足していても、本当に大事にしたい人とは恋愛関係を結ぶべきなのか......?
気付いた頃にはもう手遅れ。
だって私は、知人を異性として見ることに極度の抵抗感を抱いちゃうんだもん。
今更、大学で関わった人へ恋心を持つことすらできず。
大学の人間関係は、やっぱりママとして大事にしよう。恋愛は社会人になってから。
そう思って入職して、今に至ります。
大人になったからといって、誰彼構わず好きになったり異性として見れるかというとそうはいかず。やっぱり抵抗感は(入職直後の後輩に対しても)多少なりとも感じちゃって。
そんな中で、やっと好きになった人。その人の結婚。
好きな人だとか彼氏だとかのレベルじゃない。人生の伴侶やぞ?
その人は、私が片想いしてることに気づいていたとしても、変わらず接してくれている。その表情が声色が優しくて。
二人目の時の「彼氏がいる女性の、異性の信用できる人になれるのか?」という、成功したのか失敗したのかよく分からない挑戦が、
「旦那がいる女性の、異性の信用できる人になれるのか?」というハードモードへと進化して、今私に立ちはだかっているのです。
独り身の楽しさを覚えてきたはずなのに、やっぱり心のどこかでは添い遂げる人を求めているんじゃなかろうか......
そんな新しい矛盾を抱えてしまい、たいへん混乱している今です。
ここまで打ち込んでみて。
本当にその”挑戦”と向き合うべきなんだろうか?という視点もある気がしてきた。
電話で聞いてくれた同期は「いつか離婚するかもやん。その人の選択としてえふを選び直すようにガツガツ行けよ」とかいう図太アンサーをくれて。できる気は微塵もしないけど......。
諦めがつくんなら、気を遣わせちゃう前に二歩も三歩も身を引いたって良いわけだし。
ただ、そのいずれを取っても「他人の幸せのために身を削り、心の底から願う」という、これまで信念をもってやってきた生き様を脱ぎ捨てることにもなって、25歳になっている今からそんな大きな舵切りができるほどの精神力があるとも思えず.....
でも、電話の同期の「好きって気持ちを棄てる必要はない」は本当に良い言葉だと感じていて。虚しさを感じる危険性も若干あるけど、相手が変わらず接してくれるなら、私も変わらない関わりを続けて、その時間と感覚をありがたく享受できれば、とも思ったり。
虚しさ、感じないんやろうか......絶対、近いうちに辛さに襲われることがあと何度かは来るよな.......とか思ったり。
電話した後も、やっぱり上手いこと思考はまとまりきりません。
こんなにかき乱されて動揺しちゃうのは初めてかもしれない。
高校時代、大学時代に、特に先輩や先生、実習先の職員さんからは
「えふくんは人生何週目?年齢が中身について行っていないよ」的なことをよく言ってもらえていたから、素敵な御縁は今後に待っているのかもしれない。
とはいえ、今この瞬間の御縁も大事にしたい。大事の仕方はどうしようか。
もっと無神経で、もっと我儘な人間だったらね。
昔から優しい人になりたかったけど、優しくしようとしすぎるのも損かな。
恋と愛の違いについて、その人に聞かれたことがあったのを思い出した。
私的には、自分の幸せを望むものは恋で、他人の幸せを望むものは愛。
排反するものではなく同時にも成り立つ。その時は恋愛と呼ぶ。
恋は今までどれも良い結末を迎えず。愛専門でやってきております。
それが私なのかなって。そういう運命なのかなって。
そんな風にでも、また割り切れたら。
大学時代を楽しめたように社会人としても前向いて顔上げて、愛を振りまいて生きられるのかなって。
恋はちゃんと捨てきれるのかなって。
そんなことをぐるぐるぐると考えている、ここ最近でした。
今回は答えを出すブログじゃないので。思考整理の記事にするつもりだったのでね。
こんな雑な報告で良いんですよ。
もし、こんな私に救いの言葉をかけてくれる心優しい方がおられましたら、何らかのツールにてどうかお届けしてくださいませ。
ちなみに、割とちゃんと寝れています。今回の件で寝られなくなったことはなくって。
唯一付き合った方へ、告白するかどうかで悩んでいたあの時が一番睡眠への支障はあったかな.....
健康面は心配しないでくださいね(⋈◍>◡<◍)。✧♡
今年も女装したんだけど、去年より断然痩せててドン引き。
本当に健康面の心配はないのか.....?
たくさん食べて、とりあえずは笑って年を越したいと思ってます。
みなさんも、温かく過ごしてくださいね。肉体的にも精神的にも。
(6860文字+1220文字?)
<異例のおまけコーナー>
一度下書きに隠した理由。
「結局誰の話なん?」と思った方はここまで。
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